所得の正体
「給料が上がった」と言われた時、それは名目か、実質か。給与か、手取りか。日本の所得・賃金で日常的に登場する主要な数字を 4 種類に整理して、データで違いを見ていきます。
1. 「給料が上がった」と言われた時、本当に増えたのは何か
ニュースで「賃金上昇」と言われても、増え方には何種類もあります。春闘の妥結で 名目賃金 が上がる、物価を割り引いた 実質賃金 がプラスになる、減税や給付で 名目可処分所得 が増える、これら全部を物価で割った 実質可処分所得 が増える——それぞれ別の数字で、動く理由も別です。
このページで扱うのは 4 つです:名目賃金、実質賃金、名目可処分所得、実質可処分所得。違いは「どの段階の金額か(給与か手取りか)」と「インフレ調整しているか(額面か購買力か)」の 2 軸で整理できます。
2. 4 つの所得指標、関係を一枚で
給与から手取りへ、額面から購買力へ。流れは次の通りです。
企業が支払う給与(毎月勤労統計の世界)
額面 ─ CPI で割る → 実質賃金
額面の購買力
所得税・住民税・社会保険料(年金 / 健保 / 雇用 / 介護)
家計に届くお金(家計調査の世界)
手取り ─ CPI で割る → 実質可処分所得
手取りの購買力
表で整理するとこうなります。
| 指標 | 出所 | 何の数字 | インフレ調整 |
|---|---|---|---|
| 名目賃金 | 毎月勤労統計 | 給与の額面 | なし |
| 実質賃金 | 毎月勤労統計 | 給与の額面の購買力 | あり |
| 名目可処分所得 | 家計調査 | 手取り | なし |
| 実質可処分所得 | 家計調査 | 手取りの購買力 | あり |
3. 具体例で違いを掴む
仮に、額面 30 万円のサラリーマンを例にとります(数字は分かりやすさ優先の試算で、実際の控除率は所得と扶養状況で変わります)。
実質賃金は別ルートで計算されます。額面 30 万円を物価で割って 30 ÷ 1.02 ≒ 29.4 万円相当。これは「給与の額面の購買力」であって、税・社保を引いた手取りの購買力(22.9 万円相当)とは別物です。
4. 4 指標の動きが食い違う 3 パターン
パターン 1: 実質賃金プラス、実質可処分所得マイナス
- 額面は増えている(企業が給料を上げた)
- 物価上昇分は乗り越えた
- でも税・社保負担が重くて、結局手取りは目減り
これが今の日本でしばしば起きている状態です。後述する 国民負担率 の上昇が背景にあります。
パターン 2: 実質賃金マイナス、実質可処分所得プラス
- 額面が物価に追いついていない
- でも減税や給付金で手取りは増えた
定額減税・一時給付金などの政策効果がここに出ます。
パターン 3: 両方マイナス
- 給与も上がらず、税負担も増えて、物価も上がる
- 2022〜2024 年の日本がほぼこれに該当します
5. 実質賃金がプラスでも、なぜ手取りが増えないのか
実質賃金(給与の購買力)と実質可処分所得(手取りの購買力)の差は、直接税と社会保険料の負担で説明できます。
直接税(所得税・住民税)
- 所得税は累進課税で、給与が上がると税率の高い区分に入りやすくなる
- 給与所得控除・配偶者控除など、各種控除の縮小が続いている
社会保険料
- 厚生年金保険料率は 2004 年から段階的に引き上げられ、2017 年以降は 18.3% で固定(労使折半で本人負担 9.15%)
- 健康保険料率も上昇基調(協会けんぽ全国平均は 2009 年 8.2% → 2025 年 10.0% 前後)
- 2000 年に介護保険料が新設され、40 歳以上の負担が継続的に上昇
国民負担率の推移
財務省が毎年公表している 国民負担率(租税負担+社会保障負担を国民所得で割った値)の対国民所得比は、おおまかに次のように推移しています。
- 1970 年度: 約 24%
- 1990 年度: 約 38%
- 2020 年度以降: 約 46〜48%(年度により変動)
給料の額面が上がっても、税・社保で削られる分のスピードの方が速い時期が長く続いており、これが「実質賃金は上がっているのに手取りが増えない」と感じる構造的な背景です。
6. どの指標を見るべきか
目的別の使い分けは次の通りです。
| 目的 | 見る指標 |
|---|---|
| 春闘の妥結結果や個別企業の給与改定 | 名目賃金 |
| 給料が物価上昇に追いついているか | 実質賃金 |
| 家計の生活実感 | 実質可処分所得 |
| 減税・給付金など政策の効果 | 名目可処分所得 と 名目賃金 の差 |
このサイトの 「今月の温度」 ダッシュボードでは賃金カードに 実質賃金 前年同月比、可処分所得カードに 実質可処分所得 前年同月比 を表示しています。直近では実質賃金の前年同月比が +1.4%(2026 年 3 月)、実質可処分所得が +2.4%(2026 年 4 月)。家計の実感に最も近いのは後者です。
結論:「上がった」「下がった」を見るとき、どの指標か疑う
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このページについて
- 公開
- 最終更新
- (最新指標値の反映時)
- 執筆方針
- 厚生労働省・総務省統計局・財務省など公式資料に基づく解説です。特定の家計戦略・税務上の判断を推奨するものではありません。 税・社保の控除額は所得・扶養状況で大きく変わるため、自分の状況に基づく試算が必要な場合は税理士・社会保険労務士にご相談ください。
- 参考
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省統計局「家計調査」、財務省「国民負担率の推移」、各種社会保険料率公表値